前回よりつづき 大人になるまでルールやしきたりやその他、2024年4月10日
前回よりつづき
大人になるまでルールやしきたりやその他、生き抜く上での処世の術を身につけずにそのままだったとしたら、もう大人に指摘して教えてくれる人はそうはいません。誰も他人に責任を持とうなんて思わないからです。それが刑法に触れるなら、おまわりさんが教えてくれるかもしれませんが。わが子がそうなってもいいですか?
社会的にやってはダメなことのノウハウが蓄積されてくると、それは人格を支えるようになるし、引いては品格に育ちます。
テーブルマナーのことを言っているわけじゃありませんよ。フルコースのフレンチのテーブルに招かれたなら、外側のフォークやナイフをお皿が変わるたびに手に取ればいいだけです。
それよりも、カトラリーがお皿に当たるカチャカチャした音を立てない、とか、口にお料理が入っている時はしゃべらないとか、咀嚼する時にくちゃくちゃ音を立てないとか、会話に参加せず一人で黙々と食べないとか、別に法律とは何の関係もないところで人は判断されてしまします。でも、大人になったら、誰もそういう大事なことは教えてくれません。ただ、次回から食事会に呼ばれなくなるだけです。「あの方、マナーがね…」「お品がちょっと…」という他の、わきまえた皆さんの共通認識の下でハブんちょになるということです。辛いわぁ、気づかずにハブんちょにされているなんて。
子どもって生まれたままの全能感を持ったまま育てれば、無軌道なまま何でもします。悪いこともするし、人に迷惑をかけることもします。それが子どもです。子どもって教えられなければ何でもする存在です。
社会という共同体の中で子どもを育てるならば、その社会の中で既に存在しているルールを身につけないと、社会からはぶられてしまう危険を常に伴います。「いや、あくまで子どもの自主性を尊重したい。子どもファーストで育てたい」と主張があるなら無人島に引っ越して、わが家だけで通用するルールで生きていくしかないです。いや、本当の話ですよ。
それって、わざわざ親に教えなければいけない時代になってしまったということですね。つまり親になった人が、自分自身はまだ子どものままでいて、子どもが子どもを育てているから子どもの価値観を正当と感じ、世の中が子どもに厳しい、と訴えることが恥ずかしくない、と考える親が爆増しているということですね。
ここまでかみくだいて説明すると、すっと腑に落ちるでしょ? 考え直してみましょうね。親切な人から教えてもらっても、「言い方がキツイ」とか感情的に反発する前に。