数年前の出来事を思い出しました。2025年2月26日
数年前の出来事を思い出しました。同じく明治神宮のご祈祷の際のことです。
祈祷の所要時間は15分程度で、雅で厳かな雰囲気の元、式は進行しますので、もっと長時間行われるような体感時間を過ごします。神官が祝詞を上げたのちに雅楽に乗った大和舞まで観劇できます。ですからたまに外国人観光客で、神事ショーでも見に来たかのような団体と出来わすこともあります。うるさいです。
式自体は30分刻みに執り行われ、扉を開けて神官の案内により神殿に入ることになります。全体が神棚のように祭られた式場は手前が畳敷きで、神棚の正面には上長の神官が座して待ち、参拝者を誘導します。もちろんその神官が座る場所付近が正面の一番良い場所で、一列目から横並びに詰めて並び場所をとっていきます。さまざまな願いを胸に参拝者は神様の前に居住まいを正して座るのです。
私はなるべく早く受付を済ませ、入り口前で一番に並び、扉が開くのを待っていました。
ところが私の後ろから、扉が開くが先に飛び出して走る男の子が二人いました。一人は小学一年生、もう一人は年中さんぐらいでしょうか、兄弟です。二人はまっすぐに正面の神官の前に走っていき、その場を占領しました。私や後から続く人たちは、足早でもなく前方に進んでいきました。
私は神官の前に座る兄弟に言いました。
「どきなさい」兄弟がどくべき理由など申しません。そんなことは親が子どもに教え、言い聞かせることですから。そもそもここは神前です。
兄弟は私を見上げ、すっと席を私の横にずらして座りなおしました。私は空いたその場に座りました。すると後から来た母親が私に向かって言いました。「ここは子どもが取った席なんですけれど」と。私は母親に顔を向けて言いました「私は一番に並んでいましたので」。私が親切に諭すような余計なエネルギーは使いません。貴重なエネルギーは会員さんのために使います。
母親はそれ以上言わず、横の席に座りました。神官と私は目が合いましたが、もちろん何事もなかったように時は進みました。
この話をすると、子ども相手なんだから席ぐらい譲ってあげればいいのでは、という人がいるのですが、そういう人は親からどういう教育を受けてきた人なのでしょうか。私は労わるべき人には当然のごとく譲る者です。と同時に、後ろから走って順番を抜かすような狼藉を許さない者です。
もしもこの時、一緒にいた親が強面の父親であったなら、なおさら絶対に子どもに場所を明け渡させました。なぜなら、そんなことが通用すると子どもに学習させたらダメだからです。口論になりそうならば外へ連れ出していたと思います。
そもそも幼い兄弟が神官の前の場所が一番よさそうだ、などと予測を立てられるわけがありません。きっと後方から母親が走って場所をとるようにと兄弟に指令を出したから子どもはそのようにしたはずです。子どもだって幼稚園や保育園での生活経験があるでしょうから「順番を守る」、「ずるをしない」ということは学んでいるはずです。親が子にずるを教えてどうするんですか。今回子どもはずるをしたら叱られるんだなと学んだと思います。母親も同じです。指摘されて、それとわかる親子だったから、反論をしてこなかったのだと思います。
親のしつけが悪い子どもを「クソガキ」と言います。子に責任はありません。しつけのできない親を「DQN親(ドキュン親)」と言います。このファミリーはちゃんとわかっていて良かったです。